2008年11月23日日曜日

『友だち地獄』土井隆義

現代の子供達をとりまく、人間関係の難しさを分析した上で、リストカットなどの問題がなぜ起こるかなどについて考察が加えられている本です。

まず、「優しい関係」という概念があって、これは周囲の人から反感を買わないようにするために高度なコミュニケーション能力を使って衝突を避けようとする、という関係のことです。

著者によれば、現代の学校では、
「周囲の人間と衝突する事は、彼ら(注:若者)にとってきわめて異常な事態であり、相手から反感を買わないように常に心がけることが、学校の日々を行きぬく知恵として強く要求されている。」(p.17)

のだそう。

僕は、人と衝突しながら成長した人だから、なんか残念ですね。

このような事態が起こっている例として、著者は
  • ぼかし表現 (「ワタシ的にはこれに決めた、みたいな」のように断定を避ける表現。p.17)
  • いじる、という現象(軽妙な人間関係を演出することで、いじめが本来的に有する人間関係の軋轢が表面化する事を避けようとする。p.32)

などを例に挙げている。

さて、ブログについては、

「知人にはとても公開できないと思われるような内容を、自分の興味をもってくれる見知らぬ人々に対して、ハンドルネームという匿名を使って公開している。」(p.58)

と説明。

その上で、リストカットに関しては、他者から承認される事が難しくなったこともあり、

「自らの存在を確認するためには血を見なければならない。」(p.73)

という事を挙げている。

本書にはリストカットを経験している人のブログからの引用が多々あるので、そのリアルな表現に本を読み進めながら恐ろしくなるも、リストカットをやる側の心理も少し分かるような気がして、恐ろしくなりました。



ほかには、ケータイに関する分析の章も印象に残っていています。

ケータイのメールは即レスが基本的なマナーになっている事を指摘(p.143)した上で、

コミュニケーションの欲求の背後にあるのは、何かを伝えようとする「意味伝達志向ではなく」、つながること自体をめざす「接続志向」である。(p.144)

という分析結果を引用し、

若者は学外においても「優しい関係」を構築する事を余儀なくされている、と分析。

また、ケータイが社会的GPSとして機能している事も指摘している。

他にも例を挙げればきりが無いので、この辺りでとどめておくが、

高校辺りから感じていた「人間関係の難しさ」が、

こういう所から来ているのかな、といった新しい考えが得られました。

それにしても、本の中身を読む限り、僕の中・高時代よりも全然酷い状況になってますね…。

今の学生は大丈夫なのか、不安にさせられます。

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